第8章 野心
914年12月末

 年も暮れが近くなると、イシュメリアは静かになる。こんな争乱の世にあっても、創世神崇拝の習慣はすべての君臣・領民に根づいている。
 バチアンヌス――――イシュメリア古来から信仰されているトゥーパ教に定められた安息週間。その年の最後の日までの十日間は、このバチアンヌスと呼ばれ、一切の騒擾、喧嘩、小競り合い、戦争などが禁止される。その年を振り返り、豊作や健康であることを神に感謝し、人と喜びを分かち合いながら新しい年を迎える。そう言った意味合いがあるのだ。
 さしもの暴君エセルレッドや、奸臣ゲオルグも神を崇敬する心は残っているのだろう。開戦以来、バチアンヌスだけは軍勢を出さず、それぞれ愛妾や寵臣らと過ごす。王都の民たちが、一年のうち、最も心安らぐ十日間でもある。

ランカシア家領セルシー 領都フィンデル
領土執事セフィス邸・公務室

 比較的温暖な気候のイシュメリア東南部・セルシーに、珍しく粉雪が舞った。どおりで異常に肌寒いと思いながら、セルシー領執事のセフィスは公務に勤しんでいた。このご時世において、領主ヒューバードの顧問であるセフィスは多忙に多忙を極め、南のトルディン家独立、そしてフェリアス家滅亡などの事変がそれに更に輪をかけていた。安息週間バチアンヌスの初日を迎えても、処理はまだ終わってはいなかった。
「以前この様な静かな日を迎えたのは…、はるか昔のような気がするな…」
 最近、独り言が多いような気がして、時々セフィスははにかむ。歳を取った証拠とでもいうのか。
「失礼いたします。」
 ドアのノックと同時に扉が開き、使用人の女性が扉越しに立っていた。
「セフィス様、門前に若い男女が参りまして、ぜひセフィス様に面会をしたいと申しておりますが…いかがなさいましょうか――――」
「私に――――?どのような人物なのだ?」
「それが、『お会いくだされば、わかる』と、男性の方はそう申しておりますが……お断りいたしましょうか。」
 しばらく考えていたセフィス。やがて、何かを閃いたときの彼の癖である、右腕を前に突き出し、相手に手のひらを見せる仕種をしてから言った。
「いや――――会ってみよう。すぐにここへ通しなさい。」
「畏まりました。」
 やがて使用人に導かれ、公務室にボロボロの格好をした男女が姿を現した。二人とも暑い所から来たてのような軽装であった。無論、この寒さにガチガチに震えている。
「このような日にそのような姿であるとは……まずは体を温められよ。おお、この御仁らにホットミルクを用意してあげなさい。」
 セフィスの言葉に、使用人の女性がゆっくりと頭を下げる。
 この日の朝に急いで用意された簡易暖炉に、二人はかじりつくように身を寄せる。あまりの寒さに声も出ないらしい。セフィスは会えばわかると言ったこのひげ面の男の顔を見ながら考えていたが、一向に見覚えがなかった。いや、どこかで見たような気はしないでもないのだが、思い出せない。

 やがて、使用人の女性が運んできた湯気立つホットミルクのカップを手に取り、それを勢いよく喉に流し込む二人。そんなに慌てると喉を火傷しそうなのに、二人は構わず飲み干してしまった。唖然としながら見つめているセフィス。
 身体が温まったのか、二人の震えは次第に収まっていった。紫色の唇に血気が戻ってゆく。
「セ……セフィスさまっ!」
 飲み干したカップを放り投げ、いきなり男が声を上げた。驚くセフィス。訝しげに男を見る。
「私を、私を見忘れましたかっ。」
 男はすがるような眼差しでセフィスを見上げている。
「ライアスです。イリウスの息子の――――ライアスですっ。」
 そんな悲痛にも似た叫びに、セフィスは戸惑ったが、『イリウス』という名を聞き、ぴくりと眉が動いた。そして、ゆっくりと記憶を遡らせ、この男の言葉を探る。
 やがて思い出したのか、癖の仕種をこの男に向け、次に嬉々とした表情で両手を打ち鳴らした。
「おお、思い出したぞ。ライアス殿。そうであった、そうであった。フェリアス家イリウス卿のご子息、ライアス殿よ。」
「お…思い出して下さりましたか――――」
 ほっとしたかライアス。力を抜いて肩を落とす。セフィスは思わずライアスを庇うようにその肩を支える。
「それよりもいかがなされた――――。フェリアス家がエアドリックという者に一夜にして乗っ取られたと聞き、ここセルシーもしばらく騒擾が絶えなかった。イリウス殿を初め、そなたたちの安否を気遣う声は王家の有志たちの間でも毎日のように交わされていたのだぞ。」
「それが――――」
 ライアスは事の子細を語った。
 この男、ライアス=フェリアスは、エアドリックによって滅ぼされたフェリアス家の生き残りであり、当主イリウスの嫡男である。
 フェリアス家がエアドリック一味に夜襲され、簡単に滅亡の憂き目を見たとき、彼は一人だけ身を隠し、捕らえられた父親を見捨てた。そして、愛妾である隣の女とともに数日身を隠し、密かに逃走を図ったのだが、エアドリック配下に捕まった。
 だが、エアドリックは彼を殺さず、釈放したのだ。その理由がどのようなことであれ、彼自身、命を拾ったとしか考えていない。むしろ、助けられたエアドリックに対する誹謗中傷、憎悪の感情が、セフィスに語る内容を捏造していた。普通ならば、それが事実であるならセフィス自身、エアドリックの『非情』さを知り、自分もエアドリックを憎むのだろうが、所詮ライアスの作り話も入っている。セフィスはライアスの語る内容が虚構であると疑ってはいなかったが、彼の話を聞けば聞くほど、不思議とエアドリックという人物に興味を抱くような感覚に包まれていった。
「そうでしたか――――それは何とも非道いことで――――」
 本気で、セフィスはライアスを案じていた。
 どうやら、このライアスという男、外面はいいらしい。上に媚び、下に傲慢な、貴族としては最低な人間である。誉めるべき所は、セフィスのような知勇に秀でた名臣でさえも騙せるほどの饒舌さと、演技力であろう。
 セフィスとライアスの父親イリウスは、王冠戦争前・中期にわたって敵味方の間柄であった。だが、当時のイリウスはそれなりの人物であったらしく、セフィスら王家の『名臣』とは友誼を結んでいた。かつてフェリアス家がロンディウムに直接攻撃をしたときも、互いに敵に塩を送るような行動を重ねていたほどである。
「して――――この先貴殿はいかがなされるおつもりか。」
「どこかの貴族家に身を寄せて、しばらくの間休養をとは思っていたのですが……」
「むう――――ならば落ち着くまでここに居られたらどうですかな。」
 セフィスの気づかい。しかし、ライアスは何を思っていたのか、女の期待した言葉とは正反対のことを言った。
「セフィス様のお心遣い、本当にありがたいと思います。でも、私がここに滞在していると知られると、かのエアドリックがどんな無謀な事をしてくるか…。お世話になりつつご迷惑をかけることは出来ません……」
 たいそう上手いことを言う。エアドリックはすでにライアスなどと言う男の消息などどうでもいいことだと、本人の目の前で言い、放逐した。ゆえにライアスがセルシーにいようが極北のキャメロンにいようが、関係ない。それゆえ、たとえセルシーに滞在しても、エアドリックが何かを仕掛けてくるなどと言うことはあり得ない。
 セフィスの厚意を鄭重を装って断ったライアスの腹積もりに、女はひどく訝しがった。
「ならば貴殿は、これからどうなさるおつもりか。」
「とりあえずはエアドリックの目の届かないロンディウム城下あたりにでも身を落ち着かせ、しかるべき領主の下で再起を図りたいと思っております。」
「そうですか――――。いや、イリウス殿のご子息なればこのセフィス、どのようなことでも援助を買って出たいと思っていたのだが……。貴殿の有志、イリウス殿に劣らぬな。」
「セルシーの名士セフィス様にそう言っていただけるだけで光栄です。」
 恭しく礼をするライアス。全く、たいした人物である。
「ならばせめて、私から貴殿の推薦状をしたためさせていただきたい。そして、些少なりとも資金を提供させていただこう。今後のお役に立てるかどうかはわからぬが…」
 その言葉に、ライアスの表情がわずかに綻んだ。まるで期待していたセリフが出たと言わんばかりに。
「こ、これは畏れ多いことにございます。流亡のこの身にあたたかな温情。ご恩は一生、忘れません。」

宿屋河月亭

 数日ぶりに温かな湯に浸かったライアスとその愛妾ラディアであったが、ラディアの方は不満げな態度を崩さなかった。
「何をそんなに怒っているんだ。」
 寝台に腰掛けていたライアスが鏡台の前で髪を梳かしているラディアに話しかける。しかし、ラディアはわざと無視し、鏡に映るライアスの顔さえ見ようとはしない。
「俺が手をこまねいていることにイライラしてるのか。」
「…………」
 しばらくの沈黙の後、突然ライアスがククと嗤いだした。その様子を鏡越しにしかめっ面でにらみつけるラディア。
「何がおかしいのよ。まったく…情けないったらありゃしない。」
「はっ?」
 卑猥に笑いながら、ライアスは鏡に映るラディアを見る。
「ずっと言いたかったんだけどさ……あんた、わざと目立つような格好をすればかえって怪しまれないから大丈夫だ――――なんて言っておきながら何?結局捕まって。あのエアドリックとか言うヤツに散々言われてもやり返すこともしないで。しかも何であたしまで罵られなければならないわけ?」
「そりゃあ、奴の言うとおりだろうが、え?」
「フンッ――――まあね。確かにそうだけどさ。面と向かって言われると頭来る。でもさ、ちょっとくらい言い返してもよかったでしょうよ。少なくてもあたしはあんたの女なんだからさ。」
「言ったじゃねえか。お前にだけは手を出すなって」
「あいつははなからあたしなんて見ていなかったわよッ!それも悔しいわ、なんか。」
「おいラディア、何だその『悔しいわ』って。おめえまさか…」
「今のあんたよりはずっといい男でしょ?でも、もうどうでもいい奴。あたしになんか全然目もくれてなかったし。…あーあ。なんであんたなんかと……」
「ラディア……お前……」
 わずかに声が震え出すライアス。そんな様子のライアスに向かってふんと鼻を鳴らすラディア。構わず髪を梳きつづける。
「でもさァ――――それでもあんたについてきたんだよね。だってさ、あんた言ったでしょ?『近いうちに必ず今まで以上の贅沢をさせてやる』って。あんたは頭と口先だけはいいから、そのうち何かやってくれるんじゃないかって思ってたのにさ。」
「ふっ……」
 一転、ニヤリとするライアス。
「それなのに何?せっかくあのセフィスっておやじの話乗らないで、ロンディウムなんかに行って何するつもりなのよ。まさかお城に乗り込んで国王殺して乗っ取る気?だとしたらあんたはただの無謀なバカ野郎だわ。」
 ラディアの言葉を聞くたび、ライアスの顔にいやらしい嗤いが次々と浮かんでくる。
「お前……俺と長くいる割には全然わかっちゃいねえみてえだな。」
 その言葉に即反論するラディア。
「わかるわけないでしょっ!せっかくの話蹴っちゃってさ。」
 眉毛を逆立てるラディアを冷然と見るライアス。おもむろに立ち上がり、ラディアの背後に近づく。そしてにやつきながら腕を絡める。ぴくりとするラディアの耳元に、ライアスはささやくように言った。
(――――俺がこんなところでのうのうと暮らす奴に見えるかよ――――)
(え―――――?)
(俺はこんな田舎で何しようなどとは考えていねんだよ)
(何?何か考えてんの?)
 ふっと嗤い、鏡に映る自分の顔を見るライアス。
(セフィスは確かに人がいい――――でもな、奴を騙しつづけることは出来ない――――金を工面させることが精いっぱいだ……)
 なおもライアスの考えがわからないラディア。ライアスの眼が怪しく光る。
(教えてやるよラディア……これが成功すれば……今まで以上の贅沢は必ず……)
 ライアスは更に小声でラディアの耳に何かを呟いた。次第にラディアの表情が驚きと喜びの色に変わってゆく。
「そ…それって本気なのっ!?」
「当たり前だろ…ウソでこんな事言えるかよ。」
「だ、だって…それって……」
 何も言うなと言わんばかりに、ライアスが腕の力を強める。
「まあ…見てなよ。俺たちを貶したエアドリックの後悔するザマを見るのが楽しみだ…くくくく…」
 何を聞いたのか、ラディアの身体から力が抜けてゆく。ライアスは卑猥に笑いながらその身体を抱き上げると、寝台の方へと運んでいった。

翌日――――

「セフィス様、突然押し掛け、書簡のほか、お金まで頂き、本当に感謝の言葉もございません……」
 ライアスが深々とセフィスに礼を述べる。その手にはセフィスから与えられた500ゴールド入りの革袋。一般庶民が普通に暮らしてゆく三ヶ月分もの大金である。
「なになに、これしきのことで礼を言われるまでもない。私とイリウス卿は旧知の仲。エアドリックは私にとっても友の敵。貴殿の有志に少しでも協力させていただこう。」
「――――では……」
 ライアスはラディアを伴い、ロンディウム街道を北へと向かっていった。二人の姿が遠く小さくなる。じっと見守っていたセフィスの側に、二人の少年がおもむろに近づいてきた。
「父上。」
 二人の少年が同時に声を発する。
「エルス、アリムか――――」
 エルスと呼ばれた屈強な体格の少年が、遠ざかるライアスたちの影を訝しげに見ながら言った。
「父上。あのライアスという男―――――それほど信用してよろしいのですか?」
「なぜ、そう思う。ライアスは我が朋友、イリウス卿のご子息だぞ。」
 セフィスの言葉に、今度はアリムと呼ばれた貧弱そうな容姿の少年が口を開く。
「噂によれば、ライアスという人物、フェリアス家の威勢を借り、好き放題していたとのことです。評判はイリウス卿とは天地ほどの差だったとか――――」
 二人の息子の言葉にも、セフィスは表情ひとつ変えない。
「まあ――――私はそのような噂など信じぬが…、仮にその噂が真実だったとしても、頼ってきた者を見捨てるわけにはいくまい。……それよりも息子たちよ。」
「はっ――――」
「はい――――」
 セフィスが振り返り、二人の息子を見る。
「ライアス殿が散々と貶していたテュードリア家エアドリックという人物だが――――」
「その名は知っております。」
 と、エルス。
「強大なフェリアス家イリウスをたった一夜にして滅ぼした、謎の人物とか――――興味あります。」
 アリムの瞳が爛と輝く。
「そなたらのどちらか、そのエアドリックという者、いかがなる人物なのか、探ってきてはくれぬか。」
 その言葉に二人の息子は嬉しそうな表情をする。
「その役目、僕に。」
 弟アリムが早速名乗りあげる。
「待てアリム。お前じゃ頼りない。ここは俺が行く。」
 当然のように兄エルスも名乗りを上げる。
「兄上殿では目立ちます。ここは傍目でも目立たない僕の方が…」
「何かあったらどうするんだ。お前じゃ何かに巻き込まれたとき真っ先に命落とすぞ。」
「何を言う兄上殿。これでも僕は弓では誰にも負けない…」
 二人の言い争いにセフィスが喝を入れる。
「二人とも止めよ。バチアンヌスだぞ。」
 それを聞くと、兄弟はぴたりと口をおさめた。
「私の言い方が悪かった。そうだな――――ここは、アリム。お前が行ってくれ。」
 セフィスがそう言うとアリムの表情がぱっと明るくなり、かたや兄エルスは不満に翳る。
「エルス、そなたは先のフェリアス家やスレテート家の戦いでその名を知られている。ドルノワリアやベルガルムに赴いたらその名声ゆえ却って危うい。その点、アリムならばまだ知られていない。今回はアリムに任せよ。」
「はっ――――そう言うことなら…」
 素直に引き下がるエルス。潔い兄の手を握るアリム。
「ごめん、兄上殿。必ず、兄上殿のお役に立つ情報仕入れてきますから。」
「いいや。俺の方こそ頼りないなどと言って悪かった。お前の弓ならば向かうところ敵なしだ。気をつけてゆけ。弓を携えること、忘れるなよ。」
「はいっ――――」
 エルスとアリム。まだ少年ながら人物の出来た兄弟のようだ。
「いいか二人とも。ここだけの話、我が領主ヒューバード殿は実のところ王家にこれ以上尽くすことに戸惑っておられる様子。今はカンティベリ・カレティを領するトルディン家と戦っておられるが、内心は『時』を見計らっている。そこで、フェリアス家を倒したエアドリックがいかがなる人物か…アリム、そなたが事細かに調べるのだ。もしもライアス殿の言うような人物ならば、徹底的に叩かねばならぬ。しかし――――もしも私やヒューバード殿の考えているような人物ならば――――」
「………わかりました。このアリム、必ずエアドリックという人物、調べ上げて見せます。父上やヒューバード様のご期待に背きません。」
「頼んだぞ。」
「はいっ!」
 かくして王家家臣セフィスは、息子アリムをドルノワリアに向かわせた。それは結果としてライアスが言い放ったエアドリックに対する罵詈雑言の裏を掻かれた事になる。とかくセフィスは、いかなる事に対しても、憎悪に満ちた人間の言葉より、冷静な人間や第三者の言葉を信じる質である。
 アリムが出立した直後なのに、セフィスは心の中で不思議な躍動感に包まれていた。なぜか、アリムがもたらす報告に対する不安感は、なかった。

五日後――――ロンディウム
国都イシュタル

 安息週間バチアンヌスの中日。狂君エセルレッドの本拠地であるロンディウム・イシュタル城下も、平穏な時間を過ごしている。仮初めの平和とでも言うのか、往来の人々の表情には満面の笑顔が浮かんでいる。国王家領内には滅多に福音をもたらさないエルフたちも、穏やかな時間と、暮れゆく年を讃える詩を謳い、行き交う人々の心を癒しているようである。
 エルフたちを囲む群衆の脇を、二人の人間がエルフたちに目もくれることなく通り過ぎて行く。ライアスと、その妾ラディアであった。
「ねえ――――本当に大丈夫?」
 ライアスの腕に自分の腕を回していたラディアが不安そうにぽそりと言う。
「俺のこと信じてろ。…って言うか、まあ見てな。」
 何を考えているのか、ライアスは一人頭の中に浮かんだ事に対し、満足そうにニヤリと笑っている。たいそうな自信を抱いてはいるようだが、一抹の不安を拭いきれない様子のラディア。
 やがて、ライアスがおもむろに向かったのは、イシュタル城周辺に列を連ねる、廷臣たちの邸宅であった。

国王近衛軍・第一親衛隊大隊長
リアラッハ邸

 ライアスがその広い門の格子を叩く。
「セルシー領土執事セフィス卿の使者ライアスです。開門願います。」
 声を張り上げ、そう名乗ると、玄関の扉が開き、家僕らしい白髪の男性がそそくさと門の格子を開け放った。
 ライアスが懐から書簡を取り出し、セフィスの署名を家僕に見せる。
「確かに――――。ささ、御主人様がお待ちでございます。どうぞ中へ――――」
 家僕を先導に、ライアスとラディアは、エセルレッド王の寵臣の一人であるリアラッハの屋敷へと入っていった。